二代目店主のそば打ち歴 翁高橋さんの東京ガスそば教室

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翁高橋さんの東京ガスそば教室

 狛江のガス器具屋(取引の無い)さんが、立川でガス器具の展示会をするとの事で
案内を持って来ました。
案内を見ますと、翁の高橋さんのそば教室もプログラムにありました。
それも、定休日の二十六日が入っているではありませんか。
すぐに申し込みましたところ、
「定員いっぱいですがキャンセル待ち登録はしておきますので、当日受付してください。」
とのことでした。
 当日立川の東京ガスへ、期待と不安がいっぱいでした。
午前中の教室へ参加が出来ました。
まず、高橋さんの模範が行われました。
なれた話術で笑いも取りながら、作業が進められました。
作業中の顔は、たいへん厳しい怖い位の表情であったと記憶しています。
模範が終わり生徒の実技へ移ります。
交代制で行われました。
その時、高橋さんは後片付けをしておりましたので、ご挨拶に行きました。
狛江でそば屋をやっている事、手打ちを始めたことなどを話しました。
そして、その当時悩みがありましたので聞いていただきました。
「卵水を使って打っているのですが、どうおもわれますか。」
たしかに入れればこしもつやも腹持ちも良くなりますしおいしいのですが、しっくり来ないのです。
「食品としておいしくなっても、それは卵切りです。」
頭の中の霧が、すうっと晴れていきました。
「そば粉は、何処のを使っているの」
など短い時間でしたが、この事が後に重大な影響を及ぼす事になるのです。
 実技に移りました。
手打ちそばを売り始めて、一年たっていましたのである程度自信もついていた頃でした。
多少打ち方も違いますが、今日は教えていただいた様に打ちました。
高橋さんからも、「のしの時に、肉分けをしっかり」とアドバイスも頂きました。
そばを切っている時に、私より若い弟子の方に「包丁をもっとスライドさせて」との言葉。
少しむっとしましたが、私はまだ一年の駆け出し者。
みごとなまで、天狗になりかかった鼻を折ってくれました。
そば粉は、北海道産(夏そば)の新そばでした。
たいへん色がきれいで、今でもそのそば粉の色が目に焼き付いていますし、
今でも理想のそばの色なのです。
そんなそば粉をもってしても、「一年たった秋そばの方が美味しい。」とおっしゃっていました。
そんなはず無いんじゃないか、新そばより美味しいなんて。
在庫を抱えているから、そんな事言うんじゃないか。
高橋さんのこの言葉が理解できるまで、自家製粉を始めて一年余りがかかりました。
 試食を終え、そば粉を買ってお土産を持って帰ろうとした時、
高橋さんの姿が目に飛び込んできました。
のどまで出かかりました、「弟子にしてください。」と。
しかし、私が店からいなくなる訳にはいきません。
ぐっと我慢をして言葉を飲み込み、会場を後にしました。
弟子になりたい思いは、この後一年近く続く事になるのですが。
後で知ったのですが、休日に通う方法もあった様です。
この後、そば粉探し(製粉会社探し)が始まったのは、言うまでもありません。

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